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Menu 【オリエント急行殺人事件】(実際のお料理)@ A ta guele

    2018年11月の某日、【オリエント急行殺人事件】をベースに考えたメニューの構想を基にして、わたくしルイの為に、A ta guele の曾村シェフが実際にお料理を創って下さいました。

シュルターヌ:Sultane




    アミューズの”シュルターヌ”。「トルコ風の」「スルタン風の」と言う意味合いを持ったフランス料理の一つです。
    「構想」の処でも触れましたが、この小説の始発駅が(勿論、実際のオリエント急行の始発駅も)イスタンブルであるところから、お願いした一品でした。
    てっきり、トルコ風の三日月を形どったものか、ピスタチオを使ったものが出てくるのかなと思っていたのですが、その予想を遙かに凌駕するものだったのです。

    「正面に聳えるタワー状のもの」………

    あっ、なるほど! これは、聖ソフィア寺院(アヤハギア大聖堂)!! イスタンブルの顔とも言うべき、ビザンチン(東ローマ)文化とオスマン=トルコ(イスラム)文化の融合した最高傑作の一つです。
    そして、下に見える串焼き(羊の串刺しにヨーグルト風味のイスカンダル風)……これは、イスタンブルを発車する”オリエント急行”なのでしょう。
    素晴らしい!…何と素晴らしい一品なのでしょう!!!
    この様な聖ソフィア寺院を模した蒸しパンは、この様な機会が無ければお目にかかる事も無ければ、食する事も出来なかったでしょう。
    蒸しパンのほのかな甘さに、しっかりとローストされた羊肉の味が際立ちます。
    (イスラム圏では、食にまつわる禁忌が色々とあります。今回、ここで羊が使われているのはそう言う事をも踏まえたものだったようです。)
    焼いたピスタチオとトマトの醸し出す味がまたエキゾチックな味で、一瞬、東京にいると言う事を忘れて気分はイスタンブールに飛んでいるかのようです。 (「飛んでイスタンブール」でも「翔んで埼玉」でもない)

    1500年以上も時間と歴史を有する”帝国の首都”を出発する豪華列車であるオリエント急行……そんな風情たっぷりの料理に思わず見とれると共に、まるで列車が動き出した興奮さながらに食事を食べ進める我々がいたのでした。

ハンガリーのフォアグラ オリエント急行スタイル:Foie gras de HONGRISE a l'Orient express



    前菜の一皿目に「ハンガリーのフォアグラ オリエント急行スタイル」が運ばれてきました。
    オリエント急行の通過区域であるハンガリーと、ハンガリーの外交官夫妻であるアンドレニ伯爵とを重ね合わせてのフォアグラの一品。
    【オリエント急行殺人事件】が書かれた1934年当時のヨーロッパを考えると、かつての誇り高いマジャール人の王国が分割され(トリアノン条約)「国土回復運動」の最中であったハンガリーですが、その中でもオリエント急行に乗車できる人物と言うのは極めて限られた人達だったでしょう。
    まさにこの小説の登場人物の様な「外交官」「伯爵」と言ったVIPクラスが乗車出来たのがオリエント急行だったのです。


フォアグラに被さる様に編んであるモノは「葱」?




拡大してみると市松模様だぁ


    「市松模様」は、ジャポネズム以降ヨーロッパで一世を風靡したスタイルで、その後のアールヌーボーやアールデコに影響を与えた日本の様式美の一つでもあります。
    オリエント急行は、1883年に開業し、まさに最初の運行区間がイスタンブルとパリを結ぶ路線でした(1883年~2009年)。ヨーロッパが太陽の沈まぬ国欧羅巴と呼ばれたベルエポックの時代に運行を開始したオリエント急行は、車内のあちこちにその時代を偲ばせるものがあります。
    (例えば、ラリックの摺りガラス)
    この、フォアグラに被さる様な「葱の市松模様」を見て、「もしかすると、これはオリエント急行内のベッド?」と。
    なるほど、このフォアグラと黒パンが木の質感を表わしていて、ネギの編んだものが布地の繊維質を表わしていると見えてきます。
    これこそ、当にオリエント急行に乗っていた曾村氏でなければ思い付かない表現でしょう。

    フォアグラの脂の甘さとネギの甘さと苦さ、そして黒パンの素朴でしっかりとした麦の殻の様な味を含めて食べる一口は、もちろん何も言う事は無いわけですが、それに加えてのこのオリエント急行スタイルの表現は、まさに”a l'Oriental express”そのものだと思います。
    1883年~1914年までのヨーロッパ、1934年のヨーロッパ、そして2018年のアタゴール……時間と空間と立場に違いはあれど、美味しいものを美しく意味ある表現で食べたいと言う気持ちは変わることは無いでしょう。
    そんな、時を超えての繋がりを感じさせるこのしつらえに、改めて「料理」と言うものの特質と素晴らしさをも味わった一品でした。

ポワローのスープ:Soup de "Poireau"



    曾村氏のエスプリを感じた二品を味わって運ばれて来たのが、「ポワローのスープ」。
    【オリエント急行殺人事件】の主人公でもあるエルキュール=ポワロ、彼のキャラクター設定は色々とあって「美食家」「チョコレート好き」等々あって、実際にこのメニューの構想を練っている際に、このポワロのキャラ設定を反映させたものをも考えたいと思っていましたが、流れ的に支障を来すので、洒落と言うわけではありませんが、”ポワローのスープ”。
    葱をそのまま食べると苦かったり、えぐかったりしますが、これが加熱されると甘い優しい味になるのが食材の不思議なところであります。
    一見、苦そうなスープを口に入れると、あら不思議、柔らかいクリームの味とポロネギ特有の甘さが広がります。この色合いで”甘い”と言うのはいささか反則な気もしますが、付け合わせの”ネギ”も含めて、何から何まで「葱」を満喫する”ポワロー”ですが、火を通せば甘くて優しい味わいですが、生だと毒舌を吐く苦さと言うのは、まさにエルキュール=ポワロその人を指すのにうってつけの言葉なのでしょう。

フリカデル:Ficadelle



    前菜の三皿目(実質的には四皿目だと思うが)の「フリカデル」
    牛や鶏、兎などを挽き肉にして揚げたり、煮たりするもので、元々は、ベルギーやドイツなどのゲルマン系の料理の一つですが、複雑な国際関係の元で遷移するフランドル地方における文化の混成と言うものの一つがこの料理にも表れています。
    もちろん、フランス料理が全てフランスに由来するものだけと言う事はないので、かのエスコフィエがこのフリカデルを Le Guide Culinaire に加えたのは、地方料理をも重視すると言う要素が大きい様な気がしますが、簡単に言えばソーセージ様の料理であってもエスコフィエに掛かれば立派なフランス料理の一品になると言う不思議さでもあります。
    ベルギー(オランダ)ではポピュラーな料理で、フリカデルと、山盛りのポテトのフライ(フリッツ)にたっぷりのソース(or マヨネーズ)を付けてムシャムシャとやるのがスタイルの様で、写真などの皿に山と積まれたポテトとフリカデルの対比を見ると、どれだけポテトが好きなのか?と思うくらいにポテトが積んでありますが、このポテトフライ(フリッツ)もベルギーが本場でもあるので、これを食べないと始まらないとでも言う事なのでしょう。
    今回は、あくまでフランス料理のメニューの一つとしての「フリカデル」ですから、お品良く、一本のフリカデルと一本のポテトフライ(フリッツ)、そして付け合わせのネギ……
    仔牛のあっさりとした味が噛むとジワッと広がって来るのですが、仔牛のあっさりさもあって、揚げてはあるのですが、それこそ何本でも入りそうで、写真などでの分量が頷けると言うもの。
    正直、この後にメインが無ければ(或いは、これをメインにしていたならば)最低でもフリカデル3本は無いといけないくらいの食欲を喚起する勢いでもありました。
    ちなみに、今回の”フランス風”のフリカデルは棒状に仕立てたものですが、本家の”ベルギー風”のフリカデルは、「挽き肉料理」としての色合いが濃くなって、ハンバーグやミートボールの様な形態のものを多々見るところです。
    同じ料理であっても形態が違ってくるのが文化やお国柄の違いの面白い部分でもありますが、「棒状」と「団子状」とではだいぶ形態が違うなと思う部分で、何となく、ゲルマン系がかっちりとしていていて”棒状”、ラテン系が緩やかで”団子状”などと先入観で思っていたりもするので、この逆転っぽい違いは一体何が理由で違うのだろう?と思ったりもします。
    【閑話休題】
    丁寧に作られたフリカデルに低温でじっくりと揚げたポテトフライ、ムラの無いオランデーズソースは、【オリエント急行殺人事件】と言うメニューを走る特別列車のスピードを更に加速させたのでありました。

お口直しのグラニテ:granite aux yaourt



    「フリカデル」で上がった速度を落とすかのように、ヨーグルト風味のグラニテが出てきました。
    なるほど……オリエント急行は、ブルガリアの首都ソフィアも通ります……ブルガリアと言えば「ヨーグルト(yarout)」
    なかなかに気の利いた一品です。見た目よりも甘く、しかも蜂蜜がかけられたヨーグルトは加速した食欲を抑えて、逆に次のメインである「ドラゴミロフ」を静粛な気持ちで迎えさせる役割を持っていたようです。

鮟鱇のドラゴミロフ:Baudroie de Dragomiroff facon Geroge Somura



    本日の主菜である「鮟鱇のドラゴミロフ」。支配人の市川さんが静かに運んできたメインは「あんこう」でありました。
    今回のメインである”Doragomiroff”。作中に出てくるドラゴミロフ公爵夫人の名前を採った料理ですが、辞書的なレシピで言えば「Sole Dragomiroff」とあり、「舌平目」を使う事になっています。
    元々、エスコフィエの Le Guide Culinaire には無い、ここ50年余りに出来たフランス料理だと思うので(どんなに頑張っても1934年以前は無い)比較的新しい部類のメニューには入るでしょう。恐らく、小説の終着駅と実際の執着咳がカレーと言う事でドーバー海峡に面しているところから、「ドーバー海峡」→「舌平目」と言う事で舌平目を使う的な事になっているのだと思いますが、この辺は新しい料理(それこそ創作料理)でもあるでしょうから、柔軟に解釈しても良い部分だと思います。

    ポシェした鮟鱇にソースモルネを塗り、周りに蛤を置き、編んだポロネギを被せた一品………

    亡命ロシア人貴族と言う役どころのドラゴミロフ公爵夫人。恐らく、貴族と言う部分を考えて「舌平目」を使うと言うレシピだったのだと思いますが、映画などの役回りで「貫禄のある」「肚の坐った」などと形容される事を考えると、「鮟鱇」を使うと言う選択は非常にユーモアのセンスが溢れていると思います。
    そして、もう一つは、日本では本場のドーバーで獲れる様な舌平目は獲れないと言う事もあるでしょう。亡命ロシア貴族と言う大物兼大富豪を表現するのには、日本の薄っぺらい舌平目よりはでっぷりと太った鮟鱇の方が、その社会的地位をストライクに表現しているとも言えそうです。
    いずれにしても、曾村氏のレアレストな部分と言うかエスプリの部分と言うかが出た料理(素材)だったと思うのです。
    ”意表を突くメインの登場”と言うのは、まさに【オリエント急行殺人事件】そのものとも言えるでしょう。
    一昔前の漫画にギャラリーフェイクと言う作品がありますが、その中(28巻)でこのオリエント急行を題材にしたエピソードがあります。オリエント急行の”ワゴン・リ”のオークションに関する話なのですが、その中で主人公である藤田玲司が”エピソードの付いたオークションは良いオークションになる”なる旨を言い、結果的にオークションを成功に導きます。
    これは、何も書画・骨董というものに限られた話では無く、文化というものに対しての価値にエピソードは大事な要素と言う事でしょう。
    今回、【オリエント急行殺人事件】をテーマに【オリエント急行に乗っていた曾村氏】が、【オリエント急行】の作品に登場する人物の料理を作る……そして、作中の重要人物でもあるドラゴミロフ公爵夫人についてのエスプリを加える……この事は、まさしく”一つのエピソード”を持ったメニューと言えるでしょう。

    鮟鱇のドラゴミロフ】, 2018年にかつて【オリエント急行】のシェフであった【曾村譲司氏】により作られる。付け合わせは【葱(ポワロー)】……

    ここに、フランス料理の一つの歴史が誕生した瞬間でもありました。

フォンダンショコラとピスタチオのアイス:Fondant chocolat avec glace de pistache



    締めくくりのデセールには「フォンダンショコラとピスタチオのアイス」が。
    ”エルキュール=ポワロ”は大の甘いもの好き、そしてチョコレートの本場ベルギーの人間です。ベルギーチョコレートを使った蕩ける様なフォンダンショコラは今回の【オリエント急行殺人事件】のメニューを締めくくるのに相応しいものでしょう。
    実は、この【オリエント急行】メニューに、一つ注文を付け加えてありました。「なるべく、【葱(ポワロー)】をしのばせておいてください」と。
    前菜の「フォアグラのポロネギ」、「ポロネギのスープ」、「フリカデルの付け合わせのネギ」、メインの「ドラゴミロフの上を覆うポロネギ」……事件解決にあちこちに登場する”ポワロ”……そんな風景も織り込まれたメニューでもありました。

    ガラスのプレートに方抜かれたオリエント急行のエンブレムでもある【V.S.O.E】の文字が、エンドロールの様に、今回のメニューの終幕を静かに告げているのでした。

食後のプティフールとコーヒー



    【オリエント急行殺人事件】のメニューを食べて、【日本版オリエント急行】のサロンカーの中でコーヒーを飲み余韻に浸る。
    こんな贅沢な(フランス料理の)楽しみ方があるでしょうか?
    プティフールのチョコレートボンボンの中のヌガーがゆっくりと歯に絡みつつ溶けて行くのを感じつつ、”ポワロ”はその「灰色の脳ミソ」とやらを動かすのに甘いものが必要だと言ったかな?などと冗談を言いつつ、今回の素晴らしい【旅】の思い出に耽る晩秋なのでありました。


かくも贅沢なフランス料理。かくも贅沢な【オリエント急行】!!