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荻窪:2019年09月16日:ポワン・ドゥ・デパー(point de depart)


    かつて六本木にあって通人を唸らせていたポワン・ドゥ・デパーと言うお店がありました。ワタクシも何度か足を運んで「野兎」や「雷鳥」などのジビエに舌鼓を打ちましたが、諸般の事情で惜しまれながらお店を閉じる事となり、2018年に目出度く荻窪の地にお店を再開されたのでした。
    その事は、お店のHPを見て知ってはいたのですが、なかなかに伺うのに適当な日時がなく、ようやくこの2019年の3連休の最後に時間を作ることが出来たので、お店にお邪魔する事になったのでした。



    (左)ポワンドゥデパー入り口(中央)カウンター席から(右)三元豚のリエット


    新しく荻窪に移ったお店は、杉並公会堂正面の斜め迎えにあるといった感じですが、概ね荻窪駅から10分前後あるいた天沼というところにありました。
    六本木の時のお店は地下に降りて行くと素敵な開放的な白い空間でしたから(その後の赤羽のメトロ弐番の時には伺っていない)それに比べると、違う意味でもの凄くオープンな感じになっていました。

    今回、お目当てはジビエではなく、HPにも記載されているアラカルトメニューのうち六本木でも頂いた「オマールと帆立のパイ包み焼き」を考えていたので、コースではなく食べようと考えていたので、予約の段階では特にコースをお願いはせずに、HPにあったメニューを眺め六本木当時の事を思い出しつつ、何を食べようかと考えたのでした。

    突き出しに「三元豚のリエット」を頂き、カリカリちょっと手前のパンと一緒に食べると、昔懐かしい味が蘇ってきます。
    シェフの薗部氏は、クラシカルな料理に定評のあった方で、それこそ冒頭のところでも触れましたが、六本木のお店の時には、一目見てフランス料理やワインに精通した方々が集っていてマダムとお話されている”素晴らしく絵になる光景”を今日の日のこと様に思い起こされます。

    残念ながらアルコールの飲めない自分は、その様な絵になる光景の一部にはなれないのですが、薗部氏の作る丁寧で、技術に裏打ちされた料理を愉しんだのでした。



    (左)自家製酵母のパン(右)雲丹のフランとコンソメのジュレ


    「リエット」を食べ終わると、「自家製酵母のパン」がやってきました。
    六本木当時と変わらず今もお店でパンを焼いているとの事で、中は幾分モチモチして外側は適度な硬さをしたパンは、一朝一夕に焼けるパンではありません。

    パンを口に入れ、そのちょっと酵母の匂いが未だしている感じを楽しんでいると、「雲丹のフランとコンソメのジュレ」が運ばれてきました。
    以前の六本木でも同じように「フラン系」を作っていたと思いますが、今回のそれは、更にフランの滑らかさが増していて、一層周りにあるコンソメのすっきりとした透明な味を際立たせていました。
    【冷やしたコンソメ】は、温かいコンソメよりも味がはっきりと澄み渡るために、より味がしっかりしてないといけません。
    薗部氏の熟達した腕は、雲丹の力強さとフランのきめ細かさにも負けないコンソメをしっかりと引き出していたのでした。

    甘いフランと、コンソメのはっきりとした味、そして上に乗った雲丹の優しい三重奏を楽しむ一品は秋の入り口にはもってこいの一品でした。



    オマール海老と帆立のムースのパイ包み


    続いては、薗部氏のスペシャリテの一つでもある「オマール海老と帆立のムースのパイ包み」
    今日、伺ったのはこれを食べるためだと言っても過言ではありません。
    かつて六本木で、仕事終わりに訪れた結構遅くな時間にこれを食べた時に、「こんな遅くても美味しいモノが食べれる六本木はすごいなぁ」と素朴に思ったことがあります。
    今は、ミッドタウンとなってしまった旧防衛庁があった右側の道を降りて行くと、叙々苑などのネオンが煌々とついていたのを思い出しますが、地下に降りてこのお店の白い大きな店内の中で、このパイ包みの一皿は海の中の宝石のような輝きを放っていたのです。



    オマール海老と帆立のムースのパイ包み断面


    薗部氏の料理の特徴は「丁寧に」が持ち味。
    しっかりと均一に織り込まれたパイの層と、これまたきっちりと密度の高いムースが中に入ったパイはその断面を見ているだけで幸せな気持ちになります。
    そして、下に敷いてあるオマールの殻からとったビスクソースのこれもパイやムースと同様に密度と質感が詰まった味わいが、何よりもこの薗部氏の料理の持ち味を現していると思うのです。
    フランス料理における「丁寧さ」とは何を体現しているようなこの料理は、一つのお手本のような一品でもあります。



    仔鴨のロースト ポワブラードを挟んで


    今回、もう一つ頼んだ品は「仔鴨のロースト」
    まだ、ジビエの季節ではなかったので(9月末にはスコットランド産の雷鳥が入荷の予定とのこと)、何かそれに代わるものを食べようと思ったこともあり、メインの中から選んだのは仔鴨でした。
    この時のお薦めの肉料理のメインはA5の肉を使ったローストビーフとの事だったのですが、ある意味、六本木時代の追憶にも浸りたかった事もあって、むかし食べた雷鳥を彷彿させる仔鴨にしたのでした。

    アンズ茸(ジロール茸)と仔鴨の間に挟まれたポワブラードが良いアクセントを作っていて、アンズ茸特有の微かな甘酸っぱさとポワブラードを溶いてあるヴィネガーの組み合わせが仔鴨と良くマッチした一品を構成していました。
    先ほどのパイ包みと一緒に出てきたサラダのヴィネグレットソースの時にも感じたヴィネガーの使い方に薗部氏の非凡さを感じます。
    また、付け合わせのグランタンフィノワの中に隠された薄っすらとした大蒜の味がこれまた心憎いのです。

    ”目立たないように目立つ”

    茸とポワブラードと鴨を3つ一緒に合わせたちょっとしたサンドイッチにして頬張ると、美味しいのだけれども、あっと言う間になくなってしまいました。
    かつての六本木時代と変わらぬ丁寧な造りを感じた一品に、薗部氏の健在ぶりを感じる事が出来てとても嬉しくなった一品でもありました。
    【還暦】を超えてなお現役として厨房に立つ事は大変なことではあるかと思いますが、今回食べた、「雲丹」「オマール」「小鴨」の三品から、修行の果ての熟達さは年齢を超えて行く「技」なのだという事もしっかりと感じ取れる品々であったのでした。

    阿佐ヶ谷のお店を皮切りに、六本木、赤羽、そして荻窪と、お店の場所は移れども、それぞれのお店からの幅広いファンを獲得しているのも、この「技」の為せるものと言う事を改めて認識した9月だったのでした。